2016年09月06日

犯罪は教育の問題ではない

いつもお読みいただきありがとうございます。

台風の季節になりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?台風みたいな荒天の時は、無駄な外出だけは避けましょう。

さて本題ですが、犯罪というのは、教育では何ともならないと僕は考えています。

また、犯罪を犯すのは、教育の問題ではなくて遺伝子の問題であるとも考えています。

親というのは、子に対して基本的に品行方正に育ってほしいと願うものです。

況してや子に対して敢えて犯罪を犯せと教え込む親はいないでしょう。

親はそのように社会の通念に沿って子に教育するはずなのに、犯罪者は現れます。

学校教育でも同じことが言えます。学校では罪を犯すことを正しいこととして教育することは、まずあり得ません。

学校教育でも社会の通念に沿った教育を施します。なのに、犯罪者は現れます。

そういった事実がある以上、犯罪は教育では何ともならないのです。

ならば、何が犯罪者になる要因を持っているかと問えば、それは遺伝子です。

遺伝子とは、いわばその人の「個」を決める核となる部分です。それに犯罪を犯すかどうかの情報が含まれているわけです。

全くの同質で同様な教育を施しても、人それぞれ捉え方が違います。それは、外部から入ってきた情報を個々の遺伝子に沿って、自分に適した形に変換して取り込むからです。

クラスという小規模な組織に対して、すぐに順応できる人もいれば、順応できずにひとり孤立して友達がいないという状況になる人もいるという事実はそのためです。

それと同じで、犯罪に対して、「犯罪を犯してはならない」と強迫的に自分を律する遺伝子を持つ人もいれば、「これくらい良いだろう」と犯罪を軽視する遺伝子を持つ人もいたり、「殺害を犯してまで自己の欲求や欲望を叶えてやろう」という強いエゴイズムを持つ遺伝子の人もいるのです。

人それぞれの遺伝子によって、犯罪に対する価値観は異なるのです。

いくら、犯罪を減らして凶悪犯罪を撲滅しようと、教育を改めて教育の向上を図っても表層的な対応に留まるだけで解決しません。遺伝子にまで掘り下げて遺伝子を弄るくらいにまでする必要があります。

神の理の下では、犯罪を犯す遺伝子を持つ人が現れないことは絶対にあり得ません。必ず生まれてきます。殺害したり強盗したり、凶悪な遺伝子を持って生まれる人にどのように関わっていくか、永久の課題です。

以上で終わります。今回もご来訪いただきありがとうございました。

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posted by K.Y. at 15:17| Comment(0) | 日々の所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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